ローベルト・ゼーターラー 著 、浅井晶子 訳『ある一生』を読む。自分を誰かと一度として比べることなく、80年の人生を過ごした普通の男の話。農場での労働やロープウェイ工事、自然からの暴力、短かった結婚生活、戦争への従軍、近代化の中で見つけた新しい仕事、孤独。淡々と静かな描写が重なり、その一生はすべてエッガーのものだったと示される。
エッガーはうなずき、部長はため息をついた。そしてこう言った。その言葉を、エッガーはその瞬間には理解できなかったが、一生のあいだ忘れることはなかった。「人の時間は買える。人の日々を盗むこともできるし、一生を奪うことだってできる。でもな、それぞれの瞬間だけは、ひとつたりと奪うことはできない。そういうことだ。さあ、とっとと出て行ってくれ!」
『ある一生』(新潮クレスト・ブックス P.45)